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IFRS導入により工事進行基準は不要になる?IFRSの適用による工事進行基準の行方  ―ソフトウェアビジネスの会計監査の現場から vol.003

太陽ASG有限責任監査法人
代表社員 公認会計士
柴谷 哲朗

私たちの監査業界において工事進行基準に関する議論が再燃しています。
国際会計基準審議会※1(IASB)が、「ディスカッション・ペーパー 顧客との契約における収益認識についての予備的見解」を公表し、その中で、工事進行基準の適用場面がほとんどなくなってしまう考え方を提示したからです。

IFRSの適用による工事進行基準の行方

IASBは、取引形態にかかわらず、収益認識に関する基本的な考え方を統一することを重視しており、工事契約の収益認識についても、契約によって提供される財やサービスが顧客へ移転する時点、すなわち、工事物件が顧客によって検収された時点で収益計上するという考え方を採用しようとしています。

このディスカッション・ペーパーの内容は、今後、IFRS※2における収益認識基準に反映されますから、我が国において2009年4月から適用されたばかりの新「工事契約会計」の考え方が数年後のIFRS導入によって、再度大幅に方向転換を迫られるという意味で大いに考えさせられます。

第1回のコラムでも触れたように、新「工事契約会計」は、ソフトウェアの開発を行う企業に大きな影響を与えました。受注制作のソフトウェアに関する売上を進行基準で計上するためには、ソフトウェアの制作予定原価を高い精度で予測できる体制が必須とされ、そのための内部統制を急ごしらえで整備をする必要が生じたことは記憶に新しいところです。苦労をして適用を開始した工事進行基準は本当になくなってしまうのでしょうか。また、なぜ、IFRSは工事進行基準の適用の範囲を狭めようとしているのでしょうか。今回は、工事契約に関する完成基準と工事進行基準を対比しながら、この点について考えてみたいと思います。

※1「国際会計基準審議会(IASB)」とは、世界的に通用する国際的な会計基準の作成を目的とする民間の専門家組織。国際財務報告基準(IFRS)の設定を行っている。

※2「国際財務報告基準(IFRS)」とは、国際会計基準審議会(IASB)によって設定される会計基準。企業活動の国際化にあわせ、各国で採用されている会計基準の国際的な統一を目的としている。EU加盟国を中心に既に世界100カ国以上で採用され、日本でも適用を視野にいれた活動が開始されている。「アイエフアールエス」「アイファース」「イファース」などと呼ばれる。

事例で検証する、工事完成基準と工事進行基準の相違点

工事完成基準とは、受注制作のソフトウェアを例にとって考えますと、受注によって顧客に引き渡す義務が生じたソフトウェア成果物について顧客の検収をもって売上計上する会計処理のことを言います。瑕疵担保責任というごく軽微な義務を残し、顧客に対するほぼ全ての義務を果たしてから売上計上されるため、客観的で確実な収益認識基準として理解されています。

一方、工事進行基準とは、顧客に対する検収を待たず、ソフトウェアの総予定原価と実際発生原価の比率によって計算する工事進捗度を見積もり、これに応じて段々と収益を計上していく会計処理ですから、総予定原価等の見積もり誤りが生じる可能性を考慮しますと、客観的で確実な収益認識よりも工事の進捗という企業活動の実態に応じた収益計上を重視する収益認識基準と言えます。

ここで、簡単な事例をもって工事完成基準と工事進行基準を対比してみたいと思います。

◆事例◆

  • 2009年6月に1億円のソフトウェア制作の受注を受けた。なお、受注の際に社内で決裁を受けた総制作原価は7千万円である。 
  • 2009年6月の受注と同時に制作を開始し、期末(2010年3月末)までに発生した制作原価は5千万円である。 
  • 2010年5月末に予定どおり、ソフトウェアの制作を完了させ、顧客の検収を受けた。発生した制作費用は累計で7千5百万円であった。

上記の事例から、工事進行基準を採用すると、工事完成基準と比較し2010年3月期に売上が前倒しで計上されることが分かります。しかも2010年3月期に計上された売上高7,100万円は、顧客による検収を受けずに計上さてしまうため、工事進捗率の見込み誤りがあれば、売上計上額としてその確からしさは工事完成基準より低くなります。

また、仮にソフトウェアに何らかの不具合が生じ、顧客による検収を受けられない事態となれば、売上計上すること自体が誤りであったということになりかねません。さらに、2010年3月期の貸借対照表を比較してみると、完成基準により計上される仕掛品5千万円が、売掛金7,100万円に変化しており、回収リスクがある資産が増加していると考えることもできます。

IFRS導入により、工事進行基準は適用できなくなるのか?

上記のディスカッション・ペーパーでは、工事に投入される材料や建設作業に対する支配の移転を重視し、建設の進捗とともにこれらの要素が顧客に移転しない場合には、工事検収時に支配が顧客に移転し、収益を計上するべきと考えられています。

特に受注制作のソフトウェアが工事の対象となっている場合、上記2.で述べたように顧客の検収前に収益を計上することは妥当ではない場合があり、そこに本質的にIFRSが工事進行基準の適用の範囲を狭めようとしている理由があると考えられます。IFRSが支配の移転という収益獲得の確実性を担保しようとする主義を曲げない限り、工事進行基準によって売上計上する場面は限定される可能性が高いと考えられます。

では、工事進行基準適用のためにせっかく整備した内部統制は、IFRS導入後は、捨てていっても良いのでしょうか。答えはNoでしょう。工事進行基準適用のために整備したプロジェクトの利益管理の手法は、完成基準を適用する場合であっても、受注額と将来の総原価の差として計算される受注損失引当金を計上するために必要です。

また、プロジェクトの利益管理は、本質的に企業が利益を安定的に獲得するために役立ちます。受注時点から高い精度でソフトウェア制作費を見積もるための内部統制は、今後もブラッシュアップをしていく必要があるでしょう。今回は、最近話題になっているIFRSの動向について工事進行基準に焦点を絞って解説をさせていただきました。次回から、工事進行基準を適用するために必要な内部統制について具体的なご説明をしていく予定ですので、ご期待ください。


 

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柴谷 哲朗

平成10年公認会計士登録。大手監査法人を経て現在、太陽ASG有限責任監査法人の代表社員として活躍中。ソフトウェア、コンテンツ等の会計実務を専門としている。