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内部留保かベアか  ―企業経営のヒント vol.021

あがたグローバル税理士法人
公認会計士
井口 秀昭

アベノミクス効果で、物価が上昇し企業収益が好転したとしても、個人の収入が変わらなければ、個人にとっては物価上昇分だけ実質可処分所得が減少し、経済は持続的に拡大しません。しかも、持続的拡大のためには個人の収入増加は一時金ではなく、恒常的な収入増加をもたらす定期給与のアップが望ましい、ということになります。そこで、企業にベースアップ(ベア)を期待するという異例の要望が政府から出されました。ベアをするかどうかは企業自らが決めることであり、政府の要望には違和感がありますが、政府とすれば、利益が上がり、キャッシュも貯まっており、給与を上げる環境は整っているのだから、ベアをしろといいたいのでしょう。

ただ、ベアを実施する企業は円安で潤う東京を中心とした大企業がほとんどであり、中小企業を含めた国全体のコンセンサスが得られているといった状況ではありません。しかも、景気拡大のためにはベアが持続的に実施されることが必要ですが、ベアを実施する企業でも「政府の要望もあり」、本年は特別といったニュアンスが強いように感じます。

日本の企業は概して、ベアに慎重で、内部留保を優先する傾向が多いように見受けられるのはなぜでしょう。

経済的要因と社会的要因

その一番の理由は、現在利益が増加している企業でも、このまま業績が好転し続けるのか確信が持てないことにあります。ベアをすれば今後恒常的に人件費の増加を招くことになり、予想に反して景気が落ち込めば、人件費が業績の足を引っ張ることになります。そこで、企業は利益増に伴う従業員還元を、できればベアではなく一時金の増加で対応したいというのが本音です。

ただ、私は企業が利益増をストレートにベアに結び付けられない背景にはこうした経済的要因だけではなく、日本企業独特の社会構造にもその原因があるのではないかと思います。

株式会社はリスクを遮断する

そもそも、株式会社は個人がリスクを取りやすいシステムとして発展してきました。株主は有限責任ですから、出資額以上の責任は負いませんし、取締役も誠実に業務執行をしている限り、個人の責任を問われることはありません。株式会社はビジネスリスクが個人に及ばないように工夫されたシステムですから、財源があれば余分な内部留保などせず、大胆にリスクを取りに行けばいいのです。会社が利益を上げれば、その利益は成長のための投資に目一杯向けるべきでしょうし、それでも使い切れない財源が残るなら株主にでも従業員にでも配分するのが筋です。その代り、その会社が時代のニーズに合わなくなったら、ビジネスから速やかに撤退し、時代に合致した新しい会社が参入すればいいというのが、資本主義が想定している基本的なダイナミズムです。

社会保障を肩代わり

ただ、その場合、問題になるのは、時代遅れになり、ビジネスから退出すべき会社に勤めていた従業員の雇用です。失業している間の社会保険なり、次の会社に円滑に移る手続きなどが整備されていなければなりません。本来、こうしたセーフティネットを張るのは国の仕事です。しかし、我が国ではこうした雇用対策が欧米先進国に比べ不十分です。国の不十分なセーフティネットを補っているのが民間企業だという言い方もできます。会社に対して、ある意味能力以上に雇用確保が期待されます。不況だからといって簡単に解雇はできませんし、賃下げにも困難が伴います。

日本の会社は、いわば国が行うべき社会保障の一部を肩代わりしているともいえます。それだけではなく、都市を中心に地域共同体が崩壊している日本では、会社は精神的コミュニティとしても不可欠な存在です。つまり、日本の会社はただ利益を追求する営利企業体であるばかりではなく、従業員の生活共同体としても重要な役割も果たしているのです。属している会社がなくなれば、単に稼ぎの場を失うだけでなく、精神的拠り所までなくしてしまうことになりかねません。その結果、会社の存続は会社だけでなく、従業員にとっても死活的に重要なのです。日本の経営者は従業員を思えばこそ、利益が出ているからといって安易な賃上げに踏み切らず、まさかのために利益を全部外部に流出させずに、会社内部に留保しておきたいと考えるのです。

私は、利益が出ているから、従業員にベアとして容易に分配できるだろうという発想は、日本の企業の置かれた状況を見れば、やや短絡的ではないかと思います。

 

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あがたグローバル税理士法人
あがたグローバル税理士法人
井口 秀昭

東京大学経済学部卒業後、農林中央金庫、八十二銀行、タクトコンサルティングを経て、2007年に宮坂醸造株式会社の監査役に就任(現任)。2011年にあがたグローバル税理士法人に入社(現任)。

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