私の営業体験 ~「敵を知り己を知れば“売れること”危うからず」~ ―会計士が行う営業研修 vol.002
今回はお客様の理解をいかにして深めるかについて考えます。私が営業の世界に飛び込んだ時に「いかにすれば売れるのか」とトップセールスの行動を観察しました。すると、売れない営業マンとの徹底的な違いがありました。それは徹底的な商品知識の深さとお客様に対する理解でした。
お客様の経営戦略はお客様以上にわかっていましたし、経営課題を踏まえた上で、自分が販売する資材に関してはいくらの予算を何につけることが可能で、誰を押さえれば自社が受注出来るかを確信していました。会社の人間模様、誰がキーマンで、どうすればとり入れるか、競合企業と自社との仕事の住み分けの状況を踏まえたうえで、どうすれば自社が有利に立ちまわれるか等、会社の状況、人間関係、取引関係等を全て把握していました。
「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と言われていますが、敵の状況を知ることは特に重要なのです。敵を理解するための視点をまとめてみたいと思います。
「商品を売りつける」のではなく、「お客様に必要なものを売る」
(1)購入方法の理解
まず購入方法を知るにはキーマンを把握する必要があります。キーマンは形式上は役職が上の人なのですが、実質的には異なります。若くとも実力があり、決定者に信頼されており、実質的にその組織を仕切っている人であればその人がキーマンです。その人が認めて下されば、決定権がある役員さんも認めざるをえないからです。
一方、役職は高くとも社内で影響力が弱い人もおられます。お客様の人間関係の力学を把握し、決定までのプロセスを設計する必要があります。 次に予算制度の概要を把握する必要があります。予算制度が運用されている会社ではとにかく自社の提案内容が会社の予算に組み込まれている必要があります。
その為には予め「予算設定時期」「予算枠取りに必要な行動」等予算に組み込まれるための対応が必要になります。予算枠を取る為にはその内容が会社の戦略に合致していなくてはなりませんし、その主幹部署及びキーマンをおさえておく必要があります。
(2)予算策定のプロセス
自社の提案がお客様の予算に組み込まれるためには、お客様の予算策定プロセスを把握した上で、必要な時に必要なアプローチをして予算に組み込んで頂く必要があります。大切なポイントは、会社の戦略に合った形で各部署にミッションを具現化するために必要なストーリーをお客様と共に考え、予算設定時には予定以上の額で予算に組み込んでもらう事です。
お客様の予算策定プロセスに参加するためには、お客様の経営課題を共有し相談され、共に課題を共有しながら改善策を検討出来る関係性を形成している必要があります。出来ればお客様の取締役会に参加して、お客様の課題に自社がプロとして解決してさし上げられる関係性を構築したいものです。
(3)お客様の購入プロセス、使用プロセス、廃棄プロセス
お客様から予算策定プロセスに参加させて頂くためには、お客様の困っていることを最も把握していなくてはなりません。よくわかっているから信頼されるのです。そのためには前回も述べましたが、お客様の業務プロセスを十分に把握し、業務上の不都合を十分に把握している必要があります。
お客様のプロセス毎の「これは何とかならないか」という苦しみを十分に把握し、それを解決出来るからお客様から信頼されるのです。商売は「売らんがかな」の様子が少しでも見えればお客様は「売りつけられるのではないか」と警戒されて、今まで「買っても良いかな」と少しは興味を示して下さっていたものが急に心を閉ざしてしまいます。営業はこの敏感なお客様の心を十分に想定しながら活動する必要があります。
お客様が信用して下さるのは「売らんがかな」ではなく、お客様の立場に立ち、「どうしたらお客様の不都合を解消してさし上げられるか」を真剣にお客様と共に考えることです。お客様から信頼を得るには心から「お客様のお役に立ちたい」という心でお客様と接することです。その心がお客様の心に響く関係性を構築出来ます。
(4)お客様が感じているマイナス感情
お客様に食い込むには、お客様が感じておられるマイナス感情を解消していく必要があります。感情をおさえるには三つの項目を検討する必要があります。
第一は、プロセス上の問題です。前述のプロセス上の問題で強いマイナスの感情が顕在化している項目について、解消出来る方策を検討します。
第二に、競合企業の問題です。競合企業と自社との比較において、何が違い、どうすれば自社が競合企業よりも良いコストパフォーマンスを出せるかについて検討します。お客様は社内で上司に資料を提出して、自分の判断が最も良いことを説明する必要があります。従って競合企業と自社との比較表などを作成し、自社が競合企業よりも優れている事を説明する必要があります。
第三は、自社の対応の問題です。聞きにくい問題ですが、何が不都合はないかどうか、何か『ああしてほしい、こうしてほしい』といった要求事項はないかを聞いてみて下さい。一般的には多少不都合や不満があっても改めて聞かれるとなかなか指摘はしづらいもので、良い評価をして頂けるものなのですが、それに甘んじることなく、少しでもお客様が不都合に感じておられそうな項目につき、「こんなことはないですか」と聞いてみると「実は・・・」と話して頂き、「そこまで親身になってくれるのか」と信頼を高めることにつながります。このような視点をふまえてお客様の会社の事情を聞きだして提案して下さい。
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よくお客様で自社の事情を何も伝えずに「提案してくれないか」と言われることがありますが、とんでもありません。相手のことを知らなかったら何も提案出来ません。お客様が取引をして下さるということは、この不況で経済状態が厳しい時に厳しい予算を使って下さるわけですから「お金を払ってまでなんとかしたい」と本当に困っておられることに対応出来なければなりません。
そのためにはお客様のことを良く知り、本当に困っておられることに対して自社の得意の分野での提案をして、初めて信頼を勝ち得ることが出来ます。孫子の兵法で言われている「敵を知り己を知れば百戦危うからず」を肝に銘じたいものです。
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- 株式会社カクシン
- 長山 宏
91年三優監査法人入社、97年三優BDOコンサルティング(株)取締役就任を経て現在に至る。京セラの稲盛名誉会長を師と仰ぎ、「社長が変われば全てが変わる」という標語のもと活動中。
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