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工事進行基準対応を難しくさせる2つの要因とは?~工事進行基準適用のための管理手法【前編】  ―ソフトウェアビジネスの会計監査の現場から vol.004

太陽ASG有限責任監査法人
代表社員 公認会計士
柴谷 哲朗

本コラムの第1回「工事進行基準適用開始のインパクト」の冒頭で、工事進行基準の適用は非常に難しいというご説明をしました。

工事進行基準適用の困難さを一言でいいますと、契約金額の合意、信頼性の高い制作原価予算の存在という2つの要件を同時に満たさない限り工事進行基準を適用することができないという点でしょう。



新「工事契約会計」は2009年4月から適用されており、上場企業やそのグループ会社を中心に工事進行基準の実務は既にスタートしていますが、会計基準が求める本来あるべきレベルのプロジェクト管理手法を確立しているとは言い切れない状況と思われます。また、監査の現場でも、進行基準適用のための内部統制の整備について会社の方々と議論を重ねることはまだまだあるようです。

今回と次回のコラムでは、上記の2つの要件についての詳細なご説明やシステム開発を行っている企業がこの2要件をクリアするための実務的な管理方法、工夫について解説していきたいと思います。

なお、以下でご説明する管理方法等については、システム開発を行う企業だけでなく、新「工事会計基準」の適用を受けるプロジェクト請負型のサービスプロバイダや建設業に属する企業でも当てはまる部分がありますので参考にしていただくようにお願いします。

工事進行基準適用のための要件1 『契約金額の合意』について

工事進行基準適用の1つ目の要件である「契約金額の合意」(※1)については、通常、契約書の取り交わしにより、システム開発の委託側と受託側で契約金額に関する合意が成立した時点として理解することができます。

ここで実務上の問題となるのが、システム開発業界における契約締結のタイミングです。ソフトウェア制作請負契約の場合、ソフトウェアの要件定義が確定しないと契約金額が決まらないことから、開発開始前に契約金額について合意できることはほとんどありません。したがって、開発の初期段階では工事進行基準ではなく工事完成基準によって経理処理をすることになってしまいます。

一つのプロジェクトについて、最初は工事完成基準、契約書が締結できた時点以降は工事進行基準を適用するという処理は、実務上の手間が非常に大変ですので、できれば避けたいところではありますが、システム開発業界におけるこの契約慣行を考慮すると、止むを得ない処理ということになります。

なお、契約書の取り交わしは済んでいませんが、制作開始とほぼ同時に口頭で受注額に関する双方の合意が成立するケースもありえるでしょう。そのような場合には、口頭による合意内容を社内で決裁し、また、これを社内文書として作成保管する運用をすることによって、制作開始と同時に工事進行基準を適用することもできると考えられます。

しかし、要件定義が完了していない時期での口頭による合意は、その後の開発状況や顧客の要望による要件の追加・修正などによって受注額に関する合意内容が変化しやすいことから工事進行基準の適用には特に慎重な判断が求められ、口頭による合意がよっぽど契約金額を確定する程度のものでない限り、工事進行基準を適用すべきではないと考えられます。

また、一つのプロジェクトについて、最初は工事完成基準、契約書が締結できた段階で工事進行基準を適用するという実務上の煩雑性を回避するため方法がないわけではありません。例えば、以下のような対処策があります。

1つ目の方法は、要件が確定するまでの基本設計や詳細設計フェーズをソフトウェアの制作請負契約から切り離し、SES(※2)として契約締結する方法です。そうすれば、工事進行基準の適用対象となるのは、請負契約に限定されますので、要件定義完了後のコーディングフェーズ以降からとなります。

また、要件定義が済んでいれば、受注金額が確定することが通常だと思いますので、途中から工事進行基準を適用するような煩雑な処理は不要となります。ただし、特に日本では、要件定義フェーズにおいて金額が確定しない契約方法は顧客から嫌がられることが多いためこのような対処は現実的ではないかも知れません。

2つ目の方法は、顧客に与える影響が比較的限定的であるため実務的な対応と言えます。上記のフェーズごとに契約を分割すれば、設計フェーズのプロジェクトには工事完成基準を適用し、コーディング以降のフェーズには工事進行基準を適用するという画一的な処理がしやすい環境が整うことになります。

※1 「工事契約に関する会計基準」(企業会計基準第15号)の第11項において、工事進行基準の適用要件として信頼性をもって工事収益総額を見積もることが要求されています。また、信頼性をもって工事総収益総額を見積もるためには、契約上の対価の定めがあることが必要である旨、また、対価の定めとは当事者間で実質的に合意された対価の額に関する定めと対価の決済条件及び決済方法に関する定めがある旨が規定されています。本コラムでは、対価の定めに関する合意があることを「契約金額の合意」という表現で説明しています。

※2 SESとはシステム・エンジリニアリング・サービスの略であり、稼動時間に応じて取引金額が増減する委任あるいは準委任契約のことです。

工事進行基準適用のための要件2 『信頼性の高い制作原価予算』について

工事進行基準適用の2つ目の要件である信頼性の高い制作原価予算の存在(※3)については、より難しい対応が必要となります。なぜなら、新「工事会計基準」は、信頼性の高い制作原価予算の見積もるための具体的要件として以下の両方を要求しているからです。

まず、1つ目の要件ですが、ソフトウェア制作の場合、社内人員や外注先の稼働時間によって原価が大きく変わってきますが、顧客の要望の変化による仕様の追加・変更、技術的な不具合の発生などは常態的に発生するため、稼働時間の見積もりは簡単な作業ではありません。しかし、システム開発を行っている企業では、赤字プロジェクトの発生など過去の失敗を繰り返さないよう、原価の見積もり計算をできるだけ精緻に行おうという取り組みは進んできており、全く対応不可能といった状況ではないでしょう。

ただ、書面上は、積み上げ計算をしたことになっていても、中身は以前の管理手法と同じようにほとんど過去の経験や勘に頼っている場合もあるのではないかと思います。また、そのような管理手法を社内で統一的に運用できていない企業も少なくはないと想像されます。

2つ目の要件についても、困難ではありますが、対応が不可能というほどではないと思われます。制作の進捗によって、原価を適時・適切に見直して、所定の会議体や再受注決裁などの形で承認する実務は定着しつつあると考えられるからです。ただし、工事原価の事前の見積もりと実績を対比するという作業は実際にはかなり大変です。原価見積もりが変化した後で、なぜ、変化が生じたのかをチェックし、文書化して上長に報告する作業は、後ろ向きな作業になりますし、また、そのような管理をするためのコストも馬鹿にはならないでしょう。

上記2つの条件をクリアするために何か良い方法はないのでしょうか?次回のコラムでは、実務上のヒントになるよう原価見積もりの精度を高度化させるための制度やプロジェクト別の工事進行基準適用チェックリストの例示などについてご説明をしていく予定です。是非、ご期待ください。

※3 「工事契約に関する会計基準」(企業会計基準第15号)の第11項において、工事進行基準の適用要件として信頼性をもって工事原価総額を見積もることが要求されています。本コラムでは、信頼性をもって工事総原価総額を見積もることを「信頼性の高い制作原価予算の存在」という表現で説明しています。


 

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柴谷 哲朗

平成10年公認会計士登録。大手監査法人を経て現在、太陽ASG有限責任監査法人の代表社員として活躍中。ソフトウェア、コンテンツ等の会計実務を専門としている。