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アップルはなぜ革新的製品を生み出し続けられるのか ―企業経営のヒント vol.002

あがたグローバル税理士法人
公認会計士
井口 秀昭

アップルの快進撃が止まりません。新製品iPhone5も、地図情報のトラブルはあったものの、その売れ行きに陰りは見られません。なぜアップルはiPod、iPad、iPhoneと立て続けに消費者の圧倒的支持を受ける新製品を開発し続けられるのでしょうか。他の企業とはどこが違うのか。アップル創業者ジョブズの伝記(ウォルター・アイザックソン著 井口 耕二訳「スティーブ・ジョブズ」(講談社))から読み解いてみましょう。

共食いを怖れるな

ジョブズは自らが創業したアップルからいったんは追い出されますが、破産寸前のアップルに1996年に呼び戻されます。ジョブズは復帰後ヒット製品を連発、瀕死の会社を救い出します。その中にあって、アップル復活を決定づけたのはiPodです。iPodはウォークマンのような携帯音楽プレーヤーとしての単なるハード製品ではありません。iPodの革新性はiTunesで楽曲をダウンロードして取り込めるところにあります。ハードとソフトが一体となって音楽聴取方法を変革し、大ブームを引き起こしたのです。

しかし、こうした製品を考えたのはジョブズが最初ではありません。音楽関係者の中には少なからず同様な発想を持つ人はいました。その中でも音楽のハードとソフトを一体して開発できると見られていた最有力な会社はソニーでした。

ソニーはハードとして全世界を席巻した携帯音楽プレーヤー「ウォークマン」を持ち、ソニーミュージックやソニーピクチャーズといった有力な音楽、映画ソフト部門も所有していたからです。ハード、ソフトの一体開発ができる会社として、ソニーほど有力な経営資源を有する会社は他に見当たりません。

では、なぜソニーはiPodを開発できず、アップルにはできたのか。本書ではその理由の一つに「共食い」の問題を挙げています。ソニーではハード部門とソフト部門は独立採算で、各部門でそれぞれで利益を確保しなければなりません。しかも、ウォークマンのようなハードも音楽、映画ソフトもそれぞれがトップブランドとして世の中に受け入れられ、採算的にも十分潤っています。

ここで、iPodのような画期的製品を発売すれば、iPodは確かに売れるでしょう。しかし、間違いなく音楽CDの売り上げは減少します。これまで会社を支えてきた貴重な収益源が失われてしまうのをおそれて新製品開発に踏み切れなかった、というのです。

一方、アップルはジョブズがすべての部門をコントロールしているため、損益計算書は一つしかなく、会社全体で損益を考えます。ジョブズのモットーの一つに「共食いを恐れるな」があります。既存の自社製品の売り上げ減少を恐れて、新製品の開発を控えても、その新製品は必ず他社が開発します。ジョブズはこう言っています。


『自分で自分を食わなければ、誰かに食われるだけだからね』(前掲書)

“足が速い馬”が欲しい

なぜジョブズは消費者に圧倒的に受け入れられるモノをイメージでき、しかも製品として結実することができたのでしょうか。市場調査を入念に行った結果なのでしょうか。いや、そうではありません。ジョブズはマーケティングデータをまったく重視していなかったそうです。ジョブズは次のように言っています。


『「顧客が望むモノを提供しろ」という人もいる。僕の考え方は違う。顧客が今後、なにを望むようになるのか、それを顧客本人よりも早くつかむのが僕らの仕事なんだ。ヘンリー・フォードも似たようなことを言ったらしい。「なにが欲しいかと顧客にたずねていたら、“足が速い馬”と言われたはずだ」って。欲しいモノを見せてあげなければ、みんな、それが欲しいなんてわからないんだ。だから僕は市場調査に頼らない。歴史のページにまだ書かれていないことを読み取るのが僕らの仕事なんだ。』(前掲書)


ここで強調されるのは消費者の意向ではなく経営者の感性です。自動車が普及する前は輸送手段としては馬車が主体でした。馬車を利用している人々に自動車などイメージできません。そうした消費者のニーズを一生懸命探ったところで、彼らは「もっと足が速い馬」があれば便利なのだが、と思うのが精一杯です。消費者が現段階ではイメージできない製品を開発して、消費者の目の前に提供するのが企業家の仕事だというのです。

マーケットデータを重視するサラリーマン経営者は・・・

ジョブズやフォードのような感性を持つ経営者も少なからずいます。しかし、その全員がマーケティングデータを無視して、自分の感性のままに新製品を出し続けることはできません。なぜ、ジョブズやフォードにはできて、他の経営者にはできないのか。そこには創業経営者ならではの利点があります。

創業経営者は自分が一代で作った会社だから、思うように経営ができます。創業経営者だから、既存製品との共食いを恐れず、自分の感性だけに基づいた新製品を作れます。それにより、会社がつぶれたところで、本人がゼロから作った会社なのだから仕方がないと、本人だけでなく周囲も納得するからです。

しかし、創業者が去り、大企業として完成した後登場するサラリーマン経営者はこうはいきません。彼らは出来上がった会社を引き継ぎます。自分の感性がいかに優れていようと、それにしたがって経営して、会社が破綻してしまえば、自分が受け継いだものをゼロを通り越して、マイナスにしてしまいます。それでは周囲が納得しません。そうした経営判断をするに至った、従業員や株主、債権者などに説明できる合理的根拠を欲します。

そうすると、どうしてもマーケティングデータを重視したくなります。ジョブズやフォードなら「自分がこうしたいから」で通りますが、サラリーマン経営者では「消費者が求めているからこの製品を作った」と言わなければ納得してくれないのです。その結果、独創性のない二番煎じの面白くない製品ができ上がり、会社が衰退していく、ということになります。

大企業において経営者が創業者精神を維持するのは容易なことではありません。アップルは今や時価総額世界一の超大企業です。そのアップルが比類なきカリスマ性を備えたジョブズ亡き後、これまでのような創業者精神を維持できるかどうかが見ものです。

重要なのは“創業者精神”

このように考えると、経営者が所有する創業者精神こそ、中小企業が大企業に打ち勝つ最大の経営資源ではないかと思います。独創性のある創業者精神を育てることが、これからの中小企業の活路を切り拓くのではないでしょうか。


 

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あがたグローバル税理士法人
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井口 秀昭

東京大学経済学部卒業後、農林中央金庫、八十二銀行、タクトコンサルティングを経て、2007年に宮坂醸造株式会社の監査役に就任(現任)。2011年にあがたグローバル税理士法人に入社(現任)。

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